「落ち葉頭!あれ何ー!?」
「お腹空いたー」
「落ち葉頭ぁ火ぃ見たい!」
「ちょっと押さないでよー」
「痛いです」
「押してねーし!」
 ぴよぴよぴよぴよ。
 子供の群れは、ひよこの群れ。
「あれはヒューって芸術家がつくった変なポスト、この時間に腹減ったとかお前朝ご飯ちゃんと食ってきた!?とりあえず飴食っとけ、やるから。火は危険だから見せられません!そこの三人、喧嘩すんなー!」
 対する三戸瑛は、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
 これでは、まるで保父さんだ。

 ただいまの時刻は午前九時四十七分。
 ぴよぴよ鳴きまくるひよこ共を預かって、約十分が経過。

01.







 「クヌギ」は旧市街の中心に位置する、他区を比べると割合大きな地区だ。小規模の集合住宅や商店街、喫茶店、画廊などが雑多に立ち並ぶ、田舎の小都市を思わせる街並みを持つ。ごちゃごちゃと統一性の無い物が集められた街の雰囲気は、どことなく埃っぽくて、くすんでいる。良く言えば「昔らしい」、悪く言えば「時代に取り残された」、お洒落に言うなら「レトロ」。そんな形容詞が似合う場所だった。

 その街の片隅で、アキは小学生六人を引き連れて歩いていた。十に満たない子供の群れは、お祭り騒ぎのように浮かれている。
「落ち葉頭ー飴ありがとー!」
「はいはい。……ていうか誰が発案したんだ、その名称……」
 アキは、既にバテていた。
 小学校の課外授業と称された、ひよこ野放し大会への参加を要請されたのは、つい昨日のことだ。

 そう。つい昨日。
 二十三時五十九分に、上司からの電話。
 何の嫌がらせだ。

 そうして夜中に叩き起こされ、目が冴え渡って眠れなくなり、やっと浅い眠りに落ちたかと思えば悪夢を見て、朝から散々だった。
 上司から与えられた仕事の内容は、さほど難しくはない。仕事の説明と職場見学。見て回って、喋るだけ。普段のアキの仕事と比べれば、楽なものだ。

 その簡単なお仕事をえらくハードなものにしてくれるのが、目の前の群れだった。言うことを聞かない。どっか行く。そして見つからない。
 世間一般で行われている多種多様なお仕事について学習しに来ましたとか嘘だろう。絶対そこまで深く考えてないだろう、お前たち。もしかしなくても遊びたいだけだろう!? 誰一人逃さぬように歩くだけで、二十歳の自警団団員は精一杯だ。職業体験なんて銘打って、ひよこ溢れる学校に一時の安寧をもたらしたいだけじゃないの、とアキは思い始めている。ガキ共は、とかく、喧しい。そして落ち葉頭と言う変なあだ名まで頂いた。嬉しくない。
「それ考えたのオレー!」
「へーへー了解。その顔よっく覚えとくわー」
 勢いよく手を上げた名付け親に、適当に返事をする。それでもにこにこきゃらきゃらと笑うものだから、子供ってよくわからない。

「ところで落ち葉頭、俺たちどこ行くのー?」
「売られるの?」
「ドナドナー?」
「荷馬車が揺ーれーねぇよ。さっきの話聞いてたか?屯所に行くのー」
 屯所、と子供は繰り返す。特別な場所ではない。街角のあちこちにある、交番のようなものだ。日常生活を送る中で、その前を通り過ぎても、たいして気にも留めないような存在。
 守るべきは、その日常だ。
 自警団が仕事をする場所はどこか、と尋ねられたら、アキは即答する。
 自分たちが暮らし、今、歩いている旧市街全てだ、と。
「今から真面目な話するから、耳だけ貸せよー」
「はーい」
「改めて言うけど、本日はようこそ自警団見学へ。担当は私、自警団危機管理班所属三戸瑛です。挨拶はいろいろすっ飛ばして、自警団の組織構成と仕事について説明します」

 自警団は、旧市街独自の組織で、三つの班によって構成されている。

 一つは、総括班。実働部と情報部に分かれていて、実働部は犯罪の予防と治安維持を目的とし、普段は街の巡回・駐在、防犯指導などを行っている。情報部は街の情報を網羅し、管理するのが仕事だ。犯罪発生や火急の事態の際は、情報を周知したり、団員間の情報中継役を担ったりしている。

 総括班は表だって行動することが多いが、反対に、その存在をあまり知られていないのが丸秘班だった。
 隠密活動を行うから、丸秘班。
 冗談でも何でもなく、これが正式名称だった。名付けたのはアキの上司だ。ふざけている。ふざけているが、一番偉い人には逆らえない。
 犯罪捜査や防諜が主な仕事で他にもいろいろやっているらしいが、詳細は所属団員しか知らない。

 少し特殊なのが、アキの所属している危機管理班だった。
 事前に危険な事故などを防ぎ、街を守るという点では総括班と同じ目的を持つが、仕事の内容は全然違った。
 あえて語弊のある言い方をするならば、火事を起こしかけたり、深夜の旧市街で鬼ごっこしたり、菓子の名を持つ変人にパシられたりしている。
 断じて遊んでいるわけではない。
 断じて。

 と、いうことを噛み砕いて噛み砕いて言ってみたものの、ひよこたちはいまいちピンと来ていないようだった。
 着物姿の女の子が聞く。
「…危機管理班、遊んでないの?」
「遊んでません」
 詳しく言うと、ややこしくなるから、省略して要約しただけだ。独断と偏見込で。
 礼儀正しそうな子が尋ねる。
「自警団と警察って違うんですか?」
「厳密には、違う。旧市街は自警団。新市街は警察。俺たち自警団は、旧市街議会から治安に介入する権限は承認されてるけど、警察みたいに司法に関わることは許されていない。裁判沙汰とは縁遠いってこと」
 元気な坊主頭が首を傾げる。
「悪い奴を捕まえられないのか?」
 アキは苦く笑った。
「うん。そう」
 自警団にできるのは、悪い奴を見つけて、その悪事の証拠を叩きだして、後は捕まえるだけ、という状況にしておくことだけだ。
「新市街の警察貸してもらえばいいんじゃないの?」
 自警団の代わりに、逮捕してくれるんじゃないの、とつり目の女の子が言う。
「んー、大人の事情で、それはできない。でも、これまた大人の事情なんだけど、捕まえるのは入界管理局がやってくれる」

 前者の大人の事情は、十二年前の紛争にまで話が発展するから、ややこしい。後者の大人の事情では、自警団の一番偉い人と入界管理局のお偉いさんが仲良しだから、いざという時、入界管理局が自警団を手伝ってくれるという異例の関係が成り立っているのだ。

「でも、それって贔屓ですよね」
 正義感の強そうな子が言う。アキは頷く。
「確かに、贔屓だよ。それ以外に方法がないから、特例として認められてるけど」
 実際、旧市街と新市街はは特例だらけだ。
 ハイヨウとヘイシンが紛争を起こした時点で異常事態だったから、その後はただ、大混乱だった。混乱のままに紛争が”収束”して、日々暮らすことだけを考えて皆が思い思いに行動していたら、今度は行政側の収拾がつかなくなった。その余波は今も尚続いている。
 ところで、とアキは、子供たちを見回す。
「一人最低一個は質問するように、とか先生に言われてる?」
 ひよこ共は、そろって頷いた。わざわざお時間を割いていただいているのだから、学ぶ側も真面目な姿勢を見せろと、口酸っぱく言われてきたのだという。

 小学生も大変だ。





 商店街を通り抜け、市役所や図書館が立ち並ぶ大通りを進む。
 アキとひよこの一行は、「椚二番駐在所」と看板が掲げられた二階建ての建物の前で立ち止まった。見るからにボロボロで、看板が無ければ、誰も駐在所とはわからないだろう。
 ガラス張りの開き戸を押し開ける。廊下の右手側、開きっぱなしの扉から中を覗き込むと、数個の事務机が並んでいるのが見えた。写真やメモ用紙を大量に縫いとめた壁、端には壁掛け型の黒電話、その上には年代ものの振り子時計。作業台の上には、古いパソコンが置いてあった。窓はあるが、日当たりが悪いので、部屋の電気を点けている。
 安っぽい照明の下、その部屋でただ一人、長身を折り畳むようにして机に向かっていた男が顔を上げた。

 手が、特徴的な男だった。
 白地に黒い蝙蝠、鮮やかな花柄、薄いピンクにラインストーン、紺地に金色の線、赤色に白のドット、緑色系統のグラデーション、オレンジ色に蝶のシール、何かのキャラクターの絵、黄色と水色のマーブル模様、若葉色にビーズ。
 両手の爪に、全てデザインが異なった、キラッキラしたネイルアートが施されている。似合っている、似合っていない云々の問題ではなく――――何がどうしてこうなった、と小一時間問い詰めたくなるような手をしている。

 アキの姿を認めて、「わ、久しぶり」と男は嬉しそうに笑う。人好きのする顔で、纏う雰囲気は柔らかい。アキは口元を綻ばせて男に会釈した。
「お久しぶりです、トノさん」
 立ち上がって、戸口の方へと歩いてきた男を、アキは見上げる。相変わらず背が高い。縮めばいいのに、と心の片隅で思った。
「珍しいね、こっちに来るなんて、……そちらは?」
 ひよこたちに目を向けて、男が問う。先程までわいわい騒いでいた小学生たちは、初対面のでかい男を見上げるばかりで、口を開かない。戦々恐々としている。
 別に怖い人じゃないから、とひよこたちに宥めるように言って、アキは男に向き直る。
「職場体験学習の子たちです」
「それはそれは……初めまして、自警団総括班の殿圭一トノケイイチです。よろしく」
 トノはしゃがみこんで、にこり、と笑う。自分たちと同じ目線になった大男に、ひよこたちの雰囲気が柔らかくなった。よろしくお願いします、と声が上がる。

 トノはしゃがんだまま、アキを見上げた。
「ところで、どうして此処に?」
「いや、俺も昨日突然頼まれたので、何をしていいかさっぱりで……自警団の仕事については説明したんですけど……」
 早い話、時間が余った。
 現代社会の抱える問題点やら何やら、話の種は山のようにあるが、話す相手が子供相手となると難しい。パトカーなんてないから乗車体験もできないし、自警団ならではの携帯品と言うほどのものもない。制服が存在しないので着てみることもできないし、指紋や足跡採取は丸秘班の管轄で、危機管理班のアキが体験させたいと言ってできるものでもない。
 そして危機管理班の仕事は、正直カオスで、説明のしようがなかった。
 もっと早くに知らせがあったら準備できたのに、と思う。こればっかりは、上司を恨む。
「仕事中にすみません。屯所の中ちょっとだけ見せたら、すぐ行くので」
「そうか。せっかく来てもらったんだし、犯罪予防・防犯教室の講義でもしようか?」
「いいんですか?」
「ちょうど一段落ついたところだし、一、二時間くらいのことなら、構わないよ」
 トノのほのぼのとした笑顔が、仏のように見えた。



 トノの講義が、時間の七割を潰してくれた。
 アキは心の中でトノを拝んだ。今度、何か奢らせていただきます。本当にありがとうございました。

 屯所にさよならをして、巡回のルートを辿り、九時半に預かった小学生たちを十二時に学校に返す。
 送って行った先、小学校の門前には、小学生たちが溜まっていた。他のグループも職業体験を終えて帰ってきたのだろう。ぴよぴよぴよぴよ。子供特有の高い声や笑い声、はしゃぎ声は、もはや鳥の囀りにしか聞こえない。こいつら、口閉じさせたら死ぬんじゃなかろうか、とアキは額を押さえる。
「またねー落ち葉頭ー!!」
「おーおー、気ぃつけて帰れよー」
 敷地内まで送っておいて気をつけるも何もない。ひよこたちは既に友人や先生の元へと走り出していた。
 軽く手を振って、アキは元気なひよこたちと別れた。










 秋風が吹き始めた街を、一人、歩く。十二時。椚の中央から離れてしまえば、人影もまばら、どこか寂しい。
 鞄からスケジュール帳を取り出して、あぁ、そういえば今日の仕事はガキ共のおもりだけだった、と思い出す。開くことなく仕舞う。自宅に戻っても良いが、することがない。疲れてはいるが、休憩するほどではなかった。
 あてもなく彷徨うアキを呼び止めたのは、凛とした女の声、を合成音声に換えた電子音だった。

『アキ』

 振り返る。
 声の持ち主を見て、アキは「お疲れ様です」と軽く頭を下げる。職場の上司に対する態度ではないのだろうが、自分も相手も気にする間柄ではなかった。自警団の雰囲気は、割と、なあなあだ。かしこまって挨拶口上を述べようものなら、まず頭を心配され、酷いときは本気で病院に連れて行かれるから笑えない。

 アキに声をかけた女は、奇妙な体をしていた。
 首から下、薄手のシャツ越しに透ける肌は、ほとんど機械と言っていい。右腕だけが生身のようで、他は機械の義足義手、体幹だった。歩く姿は滑らかで、常人のそれと変わりない。
 焦げ茶色の髪を、高い位置でくくっている。青い眼は、海と似た色をしていた。
 団長、ユリア・ジェイラ。
 自警団のトップにして、ぶっちぎりの変人。
 鬼上司。



 その上司は、いつもの奇行を綺麗に押し隠して、アキに歩み寄った。
『会えて良かった。ちょうどお前に用があったんだ。子供らの学習とやらは、終わったのか?』
 聞き取りにくい合成音声も、長年の付き合いになるアキにとっては慣れたものだ。
「ええ、今さっき」
『ごくろうだった。急な頼みで、すまなかったな』
 全くだ、と内心呟いて、ふと思い直して、アキは言った。
「いいえ、まあ、楽しかったので」
 ひよこたちの相手は疲れたが、その分、エネルギーをもらった気もする。自分に妹弟がいたらあんなだったのかもしれないと思えば、楽しい。

 そうか、とユリア・ジェイラは頷いて、軽く口の端を上げた。
 あ、これ死亡フラグ。
 アキの中で、ちーんと鐘が鳴り響く。
 この女が笑うのは、人に頼みごとをするときだけだ。
 それも、ひどくやっかいな頼みごと。
 更に言えば、それは仕事と全く関係ない内容の場合が多い。
 私情挟みまくりの職場だ。

 身構えたアキに、ユリア・ジェイラは言う。
『では、心の広い三戸瑛君に、もう一つ頼みごとをしようか』
 あ、やっぱり。
「……なんでしょう」
 最後の抵抗とばかりに、アキはとぼけて答える。
 え、見えてません。
 俺は何にも見えてません。
 団長の背後に佇んでる、なんか陰険な目してる男の子のことなんか、全く見えてませんよ。


 現実逃避は、ユリア・ジェイラがすぅと横に身を引いたことによって終わった。
 団長の背後霊君と、ご対面だ。
 アキよりも背の高い、黒髪と緑の眼を持った少年だった。初秋、まだ暖かい時期だというのに、身体を覆い尽くすよう、真冬のように着込んでいる。ご丁寧に指無しグローブまで。落ち葉色の髪と茶色の眼をした、背の低いアキとの組み合わせは、ちぐはぐだった。

『新人養成を、お願いしたい』

 二日前に入団が決まったばかりだ、とユリア・ジェイラは付け加える。
 教育係か。
 アキは自分より目線の高い相手を見上げる。
 暗い目が、見下ろした。
 うっわあぁ、とアキは内心引き攣った声を上げる。
 なんか、すごく、話しづらそう。
 声かけにくい。
 ていうか年下? 年上? どっち?

「………三戸瑛です。よろしく」

 とりあえず、握手を求めて、手を差し出した。

 スルー。

「あ、あのー」

 スルー。


 目をそらさないが、応えることもない少年に、アキは所在なさげに手をグーパーさせ、やがて引っ込めた。戸惑いが心の片隅に生じる。確かに自警団の雰囲気は仕事の内容に合わず緩い、緩いが、初対面でこの態度はどうなんだ?

 ユリア・ジェイラは気にした様子もなく、言う。

『仕事を教えることは勿論だが、年も近いことだし、仲良くやってほしい』

 

 なんか無理っぽいです、というアキの言葉は、団長の笑顔に抹消された。

 ヒエラルキーの頂点には、逆らえない。